長崎の鳥居図鑑『トリ・コレ』Pt.2

長崎の 鳥居あつめに 出かけよう。~諏訪神社、伊勢宮、松森天満宮(長崎三社)から、山王神社の片足鳥居、町のお稲荷さんまで

建立年代順 長崎の鳥居一覧(No.1~30)

※年代は推定(トリ・コレ調べ。情報の正確性に責任は持ちません!)
※稲荷神社の朱鳥居などを除く
【江戸期】
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1637年(寛永十四年)8月 諏訪神社 二の鳥居
1641年(寛永十八年)2月 古川町天満宮
1645年(正保二年) 水神神社 一の鳥居
1747年(延享四年) 玉泉神社
1763年(宝暦十三年)2月 中島天満宮 一の鳥居 ※碑文有り
1807年(文化四年)9月 若宮稲荷神社 稲荷社の一の鳥居
1818年(文化十五年)9月 桜馬場天満神社 二の鳥居
1819年(文政二年)6月 梅園身代り天満宮 二の鳥居
1819年(文政二年)9月 (平成29年度改修) 梅園身代り天満宮 一の鳥居
1822年(文政五年) 若宮稲荷神社 方形の鳥居
1825年(文政八年)2月 梅園身代り天満宮 三の鳥居
1831年(天保二年)2月 松嶋稲荷神社 拝殿前の鳥居
1839年(天保十年)11月 岩杉神社 一の鳥居
1851年(嘉永四年)9月 若宮稲荷神社 拝殿側ルートの鳥居1
1864年(文久四年)2月 若宮稲荷神社 拝殿側ルートの鳥居2
【明治期】
1868年(明治元年)11月 梅香崎天満宮 大楠神社の鳥居
1869年(明治二年)9月 諏訪神社 東照宮の鳥居
1869年(明治二年)9月 松森天満宮 米津稲荷大明神の鳥居
1873年(明治六年)11月 中川八幡神社 三の鳥居
1875年(明治八年)8月 松森天満宮 寒神三柱神社の鳥居
1877年(明治十年)3月 諏訪神社 三の鳥居
1878年(明治十一年)10月 宮地嶽八幡神社 二の鳥居(陶器製鳥居)
1885年(明治十八年)1月 西山神社 三の鳥居
1885年(明治十八年)9月 八剱神社 一の鳥居
1886年(明治十九)3月 金刀比羅神社 二の鳥居
1880年(明治二十三年)3月 金刀比羅神社 金星観測台方面の鳥居(両部鳥居)
1891年(明治二十四年)12月 大崎神社
1897年(明治三十年)1月 金刀比羅神社 三の鳥居
1898年(明治三十一年)3月 松嶋稲荷神社 下半分鳥居
1900年(明治三十三年)12月 若宮稲荷神社 一の鳥居
1902年(明治三十五年)3月 梅香崎天満宮 二の鳥居
1910年(明治四十三年)8月 宮地嶽八幡神社 一の鳥居
1911年(明治四十四年)11月 松森天満宮 一の鳥居
【大正期】
1912年(大正元年)12月 伊勢宮神社 一の鳥居
1917年(大正六年)11月 桜馬場天満神社 一の鳥居
1922年(大正十一年)9月 中川八幡神社 二の鳥居
1923年(大正十二年)10月 諏訪神社 四の鳥居
1924年(大正十三年)10月 山王神社 二の鳥居(片足鳥居、一本足鳥居)
1924年(大正十三年)10月 楠稲荷神社 四の鳥居
1925年(大正十四年)5月 西山神社 大星稲荷社の鳥居
1925年(大正十四年)8月 水神神社 かっぱ石付近の鳥居
1925年(大正十四年)12月 本古川町稲荷神社の鳥居
1926年(大正十五年)3月 西山神社 二の鳥居
【昭和期(戦前)】
1927年(昭和二年)11月 若宮稲荷神社 拝殿側ルートの鳥居3
1927年(昭和二年)12月 諏訪神社 長崎公園側の鳥居
1928年(昭和三年)1月 松森天満宮 今博多町天満宮・新大工町天満宮の鳥居
1928年(昭和三年)7月 梅香崎天満宮 一の鳥居
1928年(昭和三年)9月 坂上天満宮の鳥居
1928年(昭和三年)10月 恵美須神社の鳥居
1930年(昭和五年)4月 金刀比羅神社 一の鳥居
1933年(昭和八年)2月 若宮稲荷神社 岩戸神社側ルートの鳥居3
1934年(昭和九年)3月 梅香崎天満宮 若杉稲荷神社の鳥居
1935年(昭和十年)9月 諏訪神社 五の鳥居
1936年(昭和十一年)9月 中川八幡神社 一の鳥居
1936年(昭和十一年)11月 岩杉神社 二の鳥居
1939年(昭和十四年)6月 諏訪神社 玉園稲荷神社
1940年(昭和十五年)1月 松嶋稲荷神社 一の鳥居
【戦後期】
1952年(昭和二十七年)4月 諏訪神社 一の鳥居
1975年(昭和五十年)6月 若宮稲荷神社 大鳥居
1981年(昭和五十六年)4月 風頭大権現 一の鳥居
1988年(昭和六十三年)10月 梅園身代り天満宮 長崎検番側 一の鳥居
1992年(平成四年)5月 松嶋稲荷神社 国道沿いの鳥居
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【建立年代不詳】
 西山神社 一の鳥居
 松森神社 二の鳥居
 長崎大神宮
 祓戸神社
 梅園身代り天満宮 長崎検番側 二の鳥居
 若宮稲荷神社 三の鳥居
【素人ながら考察】
 ・長崎はやはり寺社仏閣をキリシタンに破壊された歴史があるためか、あまり古い鳥居(寛永年間以前に建立されたもの)は現存していない模様。(そもそも開港の頃の神社の状況も不明...)
 ・寛永年間以前のものがあったとしても、見ただけではわからないのでは?(寛永年間のものは柱に建立年代の碑文刻みがない。以降のはほぼ碑文として刻みがあるようなのだが。)
 ・戦前まではコンスタントに鳥居が建立され続けていたようだが、戦後は顕著にペースダウン。国民主権になったことによる?